2007/08/17 (Fri)

京都第3章

高校を卒業し郷里から京都に向かうときの事を書いておかないと忘れてしまいそうです。当時の荷姿は、蒲団袋と柳行李と言うのが定番でした。(オレだけ?)
もちろん単身宅配パックのようなものはありません、引越し荷物を「チッキ」で送ります。この「チッキ」と言うのはJRが国鉄の時代に運用していたサービスで、乗客が移動する際の荷物を別の貨車便で運んでくれると言うもので、出発駅に乗車券と荷物を持ち込んで薄っぺらな預かり証明書を受取り、到着駅で荷物を受け取るという便利なシステム。たぶん、そうしないと客車中が荷物だらけになるほど、当時の乗客の荷物量は多かったのだろう。

そのため帆布のように頑丈でガサガサの布製蒲団袋(たぶん赤玉フトン袋)のなかに、
家長の次に上等な蒲団一式と毛布、シーツと枕に夏用のタオルケットをいれてもらい、
その隙間に割れないように新聞紙で養生したお茶碗とコップなどを入れた。
柳行李には、楽譜や辞書と母が買ってきてくれたラーメンなどを詰め込んだ。

「そうか!」
柳行李が定番だったのもこの鉄道輸送の影響なのか。なにせこやつはガッチリ頑丈にできており、多少の荷重が上に掛かってもびくともしない作りだ。現在(いま)の貨車と言うと産業用のイメージが強いのだが、トキワキなどの符合で呼ばれる貨車があり、その中にはそれぞれの思いがいっぱい詰まった荷物がかさ高に積まれていたのだ。
因みにチッキはチェックが変化したものだと覚えている。

その後に揃えた数少ない電気製品は、電気ポット・電熱器、電気スタンドで入学してから学生生協で調達したもの。(あとの電化製品は持参したパナソニックのラジオと親爺のお古のブラウンだけかな?)それなのに何故かサイフォンがあったりした。珈琲はイノダに限る、とか云って嬉しがっていたものだ。(百万遍の近くにあった進々堂の椅子やテーブルの大きな創り、なにより珈琲が美味しかった。)
この電気ポットは、下宿で皆が使うとブレーカーが直ぐに落ちるのだけれど、お茶や紅茶、ラーメンを食べるのにとても重宝したものだ。

京都第3章

 
高校の卒業式が終りそれぞれの仲間が旅立っていくたびに、クラスメーツは夜行列車(寝台特急☆彗星)の出発する時間、駅に集合して見送った。だけど最後の友達は誰が見送ったのか聞いたことが無いな(^o^)丿
実は、この駅こそが伊勢正三の「汽車を待つ君の横でボクは、時計を気にしてる」の舞台とされる駅なのである。この唄の君は東京から切なく去って行くのだが、その後ボクは加川良の「京都の秋の夕暮れがダッフルコート無しでは寒いくらいで」と独白しながら、デザートブーツとジーンズでギターケースを抱えて河原町を歩くようになった。

第2章で、バイトの事に触れたけど、そのことを書いておきます。
最初は京都高島屋の屋上ビアガーデンで白衣の上着を着てビールジョッキ運びをしていたのだが、特大ビアジョッキ6杯も持つとこれはメチャクチャ重く、酔っ払いお客さんの接客が不慣れで直ぐに厨房に入った。そこでは枝豆を茹でたり、トマトを6Pに切って半分皮をむきサラダ用の仕込みをしたり、サンドイッチ作りなどをしていた。
でも、時給があまり良く無いのと夏場しかない仕事だったので、葵橋東詰にある焼肉中華屋さんで(最近確認したら今もありましたよ)働くようになった。どうしてココに勤める事になったのかはっきり覚えていないのですが、たぶんバイト情報誌か張り紙を見て飛び込んだのかもしれません。

当時この店は、家族全員が働いており、おばあちゃんと息子夫婦、そして3人の息子が交代で朝11時から26時頃までの営業で、ボクはお昼前から夜までの間随時に手伝っていました。近くには家庭裁判所や空手道場があったのて結構繁盛していました。

まだまだたぶん続く^^;

京都第3章


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c1888

チッキ…利用しましたよ。でも間違いなく、私は不真面目な生活だったなぁ…
バイト先で知り合った女性と…でもなんだか懐かしいですね。
noriさんはそんな事なかったのかなぁ…

c1889

私の場合は、国鉄バスといっても名神高速で3時間近くかけて名古屋駅から京都駅に向かったような・・・・記憶が定かでないです・・・・ 荷物はと言うと宅急便のようなもので送ったような・・・これも記憶が定かでありません。
 ガクッ!!
変わったバイトと言えば、先輩のピンチヒッターでクラブ(飲み屋)のカウンターに入ったことです。懐かしい。
  • titi
  • 2007/08/17(Fri) 21:18:56
  • URL
  • Edit

c1890

懐かしいことばかりで、もう涙がでちゃうぅ。トキやワキ、新聞紙で養生した茶碗かぁ、中西かぁ、Hong Kong ならぬ Hon Kon かぁ、あ、それは書いてなかったですね。

c1892

チッキは何歳の人まで使っていたんでしょうね。
調べて見るのも面白そうですな。

日鷹さんは不真面目ですねぇ、私はそんなこと・・・うふふ。

c1893

あんまり覚えてらっしゃらないようですね。
新しいことがどんどん詰まっていらっしゃるんでしょう。
その点、私はお恥ずかしいことです。

カウンターに入るのはバイトじゃなくて酔っぱらったときじゃないのかなぁ^^;

c1895

>懐かしいことばかりで、もう涙がでちゃうぅ。

うううっ。

ささ、ハンカチーフをどーぞ、どーぞ。

>トキやワキ、新聞紙で養生した茶碗かぁ、中西かぁ、Hong Kong ならぬ Hon Kon かぁ、あ、それは書いてなかったですね。

ドンクサイことですみません。
Hon Konってなんでしょう^^;

c1897

それと、マルが京都に泊まった翌日は、いつも妙に艶めかしかったシャンクレールのママのことなど。

c1899

>それと、マルが京都に泊まった翌日は、いつも妙に艶めかしかったシャンクレールのママのことなど。

こりゃ凄い都市伝説(笑)をご披露いただいて感謝ですぅ。

c1904

乗り遅れですみません。

>デザートブーツとジーンズでギターケースを抱えて河原町を歩くようになった。

というのは、例のアノ写真の頃ですか?

  • フルキミ
  • 2007/08/24(Fri) 23:24:08
  • URL
  • Edit

c1906

>例のアノ写真の頃ですか?

たぶんフルキミさんしか知らないと思いますが、
あの頃かもね^^♪

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